東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2252号 判決 1965年12月22日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人等は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し原判決添付第一目録記載の土地につき甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受付第八四一五号を以てなしたる同年六月三〇日付代物弁済を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
(誤記の訂正)
原判決原本一枚目裏末行以下、三枚目表一一行目四枚目裏二行目及び八行目以下、六枚目表六行目以下、七行目表六行目に「別紙第一、第二目録の各土地」「別紙第一、第二目録の土地」ないし「別紙第一、二目録の土地」とあるのを、いずれも「別紙第一目録一ないし三、同第二目録各記載の土地」と訂正する。
(証拠関係)(省略)
理由
原判決添付別紙第一目録記載の土地(同目録四ないし九の土地がもと原判決添付別紙第二目録一記載の土地の一部であり、その後分筆されたものであることは、弁論の全趣旨により明らかである。)がもと控訴人の所有であつたこと、及び右各土地につき被控訴人のため甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受付第八四一五号を以て同年六月三〇日付代物弁済を原因とする所有権移転登記がなされていることはいずれも当事者間に争がない。
そこで次に被控訴人主張の抗弁について考えるのに、昭和二八年一一月末頃控訴人が被控訴人より金五十万円を利息月七分、弁済期翌二九年二月二八日の約定で借り受け、控訴人の姉長田ふじが右消費貸借契約上の控訴人の債務を連帯保証したことは当事者間に争がない。そうしていずれも成立に争のない甲第一ないし第五号証、乙第一号証、同第四号証、同第二七号証並びに原審及び当審証人長田ふじ(原審は第一回及び第二回、但し後記採用しない部分を除く)、同猪狩安蔵(原審は第一回及び第二回)、当審証人日向隆夫の各証言、原審における控訴人長田時雄の本人尋問の結果(第一回ないし第三回、但し後記採用しない部分を除く)、原審及び当審における被控訴人柳沢正一の本人訊問の結果(原審は第一回及び第二回)を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち控訴人、被控訴人間の前記消費貸借契約成立の際、右両名の間において被控訴人の控訴人に対する債権を担保するため、控訴人所有の原判決添付第一目録ないし三、同第二目録各記載の土地を譲渡担保として被控訴人に提供することとし、同時に控訴人において期限に右債務を弁済しないときは、代物弁済として右各土地の所有権を被控訴人に移転する旨の停止条件附代物弁済契約を締結した。そうしてその当時右各土地が登記簿上控訴人とその姉兄弟等の共有名義になつていたので(この点は当事者間に争がない)、昭和二八年一二月一五日までにこれを控訴人の単独所有名義としたうえ、被控訴人のため前記停止条件附代物弁済契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記手続をすることとし、必要な書類を被控訴人に交付しておくこと等を約定した。そうして当時控訴人はその住所が東京都内にあつたので、甲府市内に居住していた姉の長田ふじに自己の実印を預け、前記代物弁済契約に基づく登記手続等の一切を長田ふじと以前から登記手続等を依頼したことのある司法書士猪狩安蔵に委任した。以上の事実を認めることができ、原審及び当審証人長田ふじの証言(原審は第一回及び第二回)、原審における控訴人長田時雄の本人訊問の結果(第一回ないし第三回)中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。
次に成立に争のない乙第二号証の七、同第七ないし第一〇号証の各一、二並びに原審証人長田ふじ(原審は第一回及び第二回、但し後記採用しない部分を除く)、同猪狩安蔵(原審は第一回及び第二回)の各証言、原審における控訴人長田時雄の本人訊問の結果(第一回ないし第三回、但し後記採用しない部分を除く)、原審及び当審における被控訴人柳沢正一の本人訊問の結果(原審は第一回及び第二回)を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち控訴人はその後前記停止条件附代物弁済契約に基づく仮登記手続をなさず、必要書類の交付もしないまま弁済期を徒過し、昭和二九年八、九月頃まで数回にわたり被控訴人から弁済期限の猶予を受けていたのであるが、その後控訴人は結核が悪化し、同年一二月には東京都中野区の織本外科病院に入院して治療することとなつた。そこで控訴人は早急に弁済の見通しが立たなかつたこともあり、連帯保証人である姉長田ふじに対し、前記消費貸借契約、譲渡担保契約及び停止条件附代物弁済契約に関して、被控訴人と交渉して処理する一切の権限を付与した。その後長田ふじは別口の控訴人の弟長田寛名義の被控訴人からの借金とともに、その解決に努力した結果、昭和三〇年三月三日甲府簡易裁判所において右別口の借金について即決和解が成立した際、本件貸金についても控訴人及びその兄弟である長田兼作、通雄、寛、守雄の代理人としての長田ふじと被控訴人との間で話合がまとまり、併せて即決和解により解決することとなつた。そこで長田ふじは前記猪狩安蔵を呼び寄せ、控訴人、長田ふじ及び長田兼作、通雄、寛、守雄名義の即決和解申立書(乙第二号証の一)を作成せしめ、長田ふじがかねて控訴人から預かつていた同人の実印をその名下に押捺し、その他の兄弟等の各名下にも預つていた印鑑で押印した。そうして右各書面を裁判所に提出し、即日開かれた和解期日において、控訴人及びその兄弟である前記四人の代理人である長田ふじと被控訴人との間に被控訴人主張のような内容の和解をなすべき旨の合意が成立した。しかし和解調書の作成にあたつては、控訴人及び長田兼作については、ふじ以外の者に代理させることとし、ふじにおいて猪狩安蔵を右両名の代理人に選任したうえ、長田通雄、寛、及び守雄名義の同人等が右即決和解事件につき長田ふじを代理人に選任するについての代理人許可申請書(乙第二号証の二)及び委任状(同号証の三)、並びに長田兼作の不在者財産管理人及び本人としての控訴人名義の同人等が同じく猪狩安蔵を代理人に選任するについての代理人許可申請書(同号証の四)及び委任状(同号証の五)を猪狩に作成せしめ、前同様控訴人等の印鑑をその各名下に押捺して裁判所に提出し、各代理人選任について裁判所の許可を受けた。そうして長田通雄外二名の代理人兼本人としての長田ふじ、控訴人及び長田兼作の代理人としての猪狩安蔵と被控訴人との間において、被控訴人主張のような内容の条項の即決和解が成立し、これが調書に記載された(右即決和解がなされ、その調書が存在する点については当事者間に争がない)。以上のとおり認めることができ、原審及び当審証人長田ふじの証言(原審は第一回及び第二回)原審における控訴人長田時雄の本人訊問の結果(第一回ないし第三回)中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。
そうして当裁判所もまた右和解は裁判上の和解としての効力はないが、控訴人の適法な代理人としての長田ふじないし猪狩安蔵と被控訴人との間に成立した実体法上の和解契約としての効力は肯定されるべき旨判断するものであり、その理由はこの点に関する原判決理由欄の記載(原判決原本一一枚目表七行目から一二枚目表一一行目まで)と同一であるから、これを引用する。
次にいずれも成立に争のない甲第一〇号証の一ないし四、乙第一一号証の一、二、同第一二号証、同第一三号証の一ないし七、同第一四号証の一、二、同第一五号証(原本の存在とも)、同第一六号証の一、二、同第一七号証(原本の存在とも)並びに原審及び当審証人猪狩安蔵(原審は第二回)の証言、原審及び当審における被控訴人柳沢正一の本人訊問の結果(原審は第二回)原審における控訴人長田時雄の本人訊問の結果(第二回及び第三回、但し後記採用しない部分を除く)を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわちその後控訴人は猶予された弁済期限である昭和三〇年六月三〇日までに弁済をなさなかつたので、停止条件成就により前記和解において定められた代物弁済はその効力を生じ、目的物件である原判決添付別紙第一目録一ないし三、同第二目録各記載の土地の所有権は控訴人から被控訴人に移転するに至つた。その後同年一二月一〇日過ぎ頃控訴人は長田ふじを通じて猪狩安蔵に対し、右各土地につき和解契約の条項に従い、控訴人とその姉兄弟等との共有名義の所有権保存登記を抹消し、控訴人の単独所有名義としたうえ、被控訴人に代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をなすべきことを委任し、右各登記手続をなすのに必要な印鑑証明(乙第一四号証の二)及び委任状(乙第一六号証の三、甲第一〇号証の三)その他の必要書類を同人に交付した。そこで被控訴人及び長田ふじその他の共有名義人からも右各登記手続をなすべきことの委任を受けていた猪狩は、適法な代理権に基づき右抹消登記手続及び控訴人主張の代物弁済による本件所有権移転登記手続をなした。以上の事実を認めることができ、原審証人長田ふじの証言(第二回)、原審における控訴人長田時雄の本人訊問の結果(第二回及び第三回)中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。
以上認定の事実によれば、控訴人は前記停止条件付代物弁済の条件成就により、目的物件中に含まれている原判決添付別紙第一目録記載の各土地の所有権を失つたものというべきであり、また控訴人主張の代物弁済による本件所有権移転登記は、適法な代理権限に基づいてなされたものであり、かつ実体的な権利関係に符合するものというべきである。
次に前記和解契約が公序良俗に反し無効であるとの控訴人主張の再抗弁について考えるのに、和解契約成立当時における代物弁済の目的物件たる前掲各土地の価額が、その当時被控訴人に対して有した債権額に比し不相当に高額であつたことを認めるに足りる証拠は存在せず、却つて成立に争のない乙第三号証、原審における被控訴人柳沢正一の本人訊問の結果(第一回)により、成立を認める乙第五号証の一ないし五、同第六号証の一ないし九、並びに原審及び当審証人柳沢要の証言、原審及び当審における被控訴人柳沢正一の本人訊問の結果(原審は第一回及び第二回)、原審における鑑定人細田達太郎、市川好男の鑑定の結果を総合すれば、右各土地の時価は前記債権額に比し不相当に高額ではなかつたと認めるのが相当である。その他右和解契約が控訴人の困窮に乗じ、被控訴人において不当な利益をむさぼるものと認むべき証拠は存在しない。
よつて控訴人主張の再抗弁はその理由がなく、採用の限りでない。
以上認定の次第で控訴人の本訴請求はその理由がなく、失当として棄却を免れない。よつてこれと同旨の原判決を相当として、本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。